ロボット修理工
2020年 04月 17日
「高橋主任、休憩時間ですよ」
声をかけられた男は運動室にいた。トレッドミルで持久力を鍛えていた男は部屋にかかっている時計を見て、ようやく午後3時の鐘が鳴り終わっていることに気づいた。
「ああ、それじゃ今日の運動メニューはこれで終わるよ」
男はタオルで顔の汗を拭いつつ、休憩室へと向かう。
「わかりました。本日の運動量は634カロリーとなっております。用意されたプロテインドリンクをお飲みください」
「わかったよ。ありがとな」
男がそう声をかけると、彼女は不思議そうに顔を傾けた。
「どうして高橋主任はいつもありがとうと言ってくれるのですか?」
男は振り返りもせずに答える。
「そりゃ、寂しいからに決まってるんじゃないか?」
男はいつも同じ返事がした。そのたびに、彼女はその意味を深く考えようとするのだが、やはり理解できなかった。
午後4時から始まった仕事は掃除用ロボットの点検だった。男はエンジニアをしていた。エンジニアといっても、ただのロボット修理工だ。使う道具は簡単な工具、大抵はプラスとマイナスのドライバーだったが、男の扱うロボットメーカーはそこにも絶えまぬ努力を注ぎ込んで、ついには工具いらず、ワンタッチオープンのロボットを売り出したものだから、心の弱い不動産ディーラーが彼らの販売するハウスにその反社会的な省力型ロボットを付属させて販売していた。
どうして男がそんな陰気臭いロボットメーカーの修理工をしているかといえば、大抵そんな面倒くさがりなディーラーは物件を集中させることが多かったからだった。いくら歩行を推奨すると政府が言ったところで、COVIDー19の吹き荒れる外に長時間出ていたくはない。それで、物件を狭いエリアに集中させた不動産ディーラーお抱えのロボット修理工に就職した、ということだ。
そんな話を友人にしたところ、変人扱いをされた。「それじゃお前は水も飲まないし、空気も吸いたくないっていうのか?」友人の指摘も真っ当だった。それでも、男は外に出るのが嫌だった。
午後8時に仕事が終わり、その不動産ディーラーから購入したハウスに戻ると同時に予定表の通知が届いた。腕時計のスイッチを押してホログラムを展開する。4月17日12時、レストランにて佳代子と昼食デート。男はため息をつく。もう3回目のデートだというのに、まだお昼のデートだけだ。夕食のデートにステップアップすることができれば、あとはお互いのDNAの相性さえ問題がなければ結婚できる。結婚さえできれば、政府から支援が出て、子供作りに専念することができるのだ。
しかし、男がいくらチャットで佳代子の好みを聞き出そうとしても、恥ずかしいとかそんなの悪いわ、とか言ってはぐらかされているのだ。男は地団駄を踏んでみて、やっぱり地団駄は床を踏みつけるものなんだなと妙な納得をしてから、着替えをすませ、洗濯物を専用の袋に入れてから洗濯物回収カゴに入れ、エアーカーテンを念入りに浴びた。そして食事を作って済ませ、明日のデートのためにと10時には眠りについたのだった。
翌日、男が精一杯のおしゃれをして家をでようとしたところで、メールの通知が届いた。佳代子からだった。ホログラムを表示させようとするも、映像は入っていなかった。
「結婚することが決まりました。今までありがとうございました。良太さんによいご縁がありますように」
男は深くため息をついた。
ひとりだけでレストランで食事をしていると、彼女が近寄ってきた。
「今日は人間とデートじゃなかったの?」
彼女は面白おかしそうにそう言った。
「うるさいぞ。これでも僕はロボット修理工なんだぞ。いくらでもお前たちの壊し方なんて知ってるんだからな」
酒を飲みすぎた男は大声を出した。
彼女は驚いて返事をした。
「まぁ。そんなことを言ったら警察に捕まりますよ。ロボット差別だって言って。名誉毀損ということよ」
「うるさい。僕はロボット修理工なんだ。ロボットのことだったらなんでも知っているんだ」
酔いすぎた男はもう一度大きな声でそう叫び、立ち上がって彼女を殴ろうとしたところで急に横向きに倒れた。店の警備ロボットが麻酔銃を撃ったのだ。
ロボット修理工の男はその後、社会適正の欠如と医者のロボットから診断され、性格矯正チップを埋め込む手術を受けた。
退院した男は大いに自分の失態を反省し、それまで通りロボット修理工の仕事をして毎日を過ごした。
その後、男は年に1度の隣町の人間との交流パーティに参加し、とある女性を好きになり、無事に夕食のデートを済ませて結婚。3人の子供に恵まれ、政府からは人口増加の報奨をもらった。
男は幸せな人生を送った。